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こ ん に ち は、 崎本とし子 です

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朝日訴訟の会・総会

2013年2月10日 崎本 とし子 とし子からの手紙

朝日訴訟は岡山の闘いでした。1954年(私が生まれた年)に重症結核患者の朝日茂さんが、憲法25条を「絵に描いた餅にしてはいけない・・・」と国を相手取って起こした裁判闘争です。当時の低すぎる生活保護基準は憲法25条に反する・・・との訴えに対し、1960年の一審で「健康で文化的な最低限度の生活には、一定の客観的な基準があり、実際の最低所得層の生活水準であればいいというものではない。・・・この水準は、予算の有無によって決定されるものではなく、むしろ予算を市道支配すべきものである」という勝利判決が出ました。(浅沼判決)

しかしその後朝日さんは亡くなり(50歳)、養子縁組で健二さんが受け継ぎましたが、最高裁では却下され1967年に終結しました。今日も健二さんが発言されました。

この間に、生活保護基準は引き上げられ、今日に至るまで下げられたことはありません。

朝日さんの50回忌(命日は2月14日)の今年、自公内閣は生活保護基準を引き下げようとしています。軍事費を400億円増やすのに・・・・です。「暮らしより軍事」の時代にしてはいけません。

まさに「命がけ」の朝日さんの闘争心はすごかったそうです。正常の肺機能の3分の1以下の状況での闘いでした。

「権利は闘うもの手にある」朝日茂さんの座右の銘です。

改めて胸に刻みたいと思います。参加していた人に私は言いました。「子や孫たちに残すお金や資産はないけど、憲法という財産は残したいよね。この憲法を残せば、命を守ることが出来るもんね・・・。」と。

「そうだね!・・・」と答えが返ってきました。総会に参加できてよかったです。


岡山市中央卸売市場移転開場30周年(開設50周年)記念式典

2013年2月10日 崎本 とし子 とし子からの手紙

市場へ行ったことがありますか。

私は市場が大好きです。食に興味関心が強いのです。経済委員長をさせていただいたとき、よく通いました。ぶらりと歩き、話を聞きました。

今日は市場開設50周年の記念式典の参加。おめでとうございました。

今、市場外流通が増えて、取り扱い量は減っています。市場は、関連等の開放や「イチバデー」の取り組み、エコ運営など活性化努力を重ねているところです。これからも応援したい・・と思います。

活性化策をともに考えた当時の管理者や運営協議会会長さんとも再会し、ご挨拶をしましたが、本当に久しぶりで懐かしかったです。

記念DVDには、1987年ごろ当選したばかりの若き自分(33歳)の姿が写っており、びっくりでした。

記念講演は、上田勝彦さん。農水省水産庁の情報技術指導官で、日本の「魚食力」を再興するためにがんばっているひとです。 私は、「ソロモン流」で存じ上げていました。ですから、その話をとても楽しみに参加しました。その内容は・・・

日本では300種類の魚が取れる。国土は狭いが、海岸線の距離はアメリカ並みに長い島国だ。食作りは国づくりに通じる。地理的な環境を見ると、海や川のものを食べることが、自然で、自給できる道だ。肉の料理はすべて魚の「肉」に置き換えることが出来る。ところが、魚離れはドンドン進んでいる。

魚離れの元には、魚を知らない、名前も食べ方も・・・。「知らない」を「知ってる」に変えることが出来れば、「魚食力」を回復できる。家で、魚を食べる回数を増やし、毎日一人が他の2人の人に「魚食」をつたえることで広げることが出来る。

「おいしい!何!?これ」と若者に言わせるように、魚のことを知ってる「人」が魅力的に伝えよう・・・。興味深く聞きました。

玄米、野菜、いも、豆中心で肉は少ししか使わず、魚のほうをよく食べる我が家は、「伝道師」になれるかも・・・。寿司職人の息子のことも思い出し、今日はおいしいほうれん草を畑から取ってきて、じゃことナッツをあえて食べよう・・・と思った私でした。