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こ ん に ち は、 崎本とし子 です

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宮城訪問・・・20~22日

2017年5月23日 崎本 とし子 とし子からの手紙

2年ぶりに宮城へ行ってきました。

友人と2人で、陸路です。20日の8時の新幹線で出発。14時30分には塩釜着。塩釜神社で参拝し、「特別な思い」で祈願し、「うまくいくお守り」をいただきました。

夕方坂総合病院友の会のみなさん、蜂谷食品の蜂屋社長と再会。夕食交流会に参加。復興住宅ができても生活再建に課題を残す現状や桂島の避難所であった体育館が宿泊施設になり、2年前に海水浴場が復活したことなどの様子を聞くことができました。

県内の仮設住宅はまだ残っているところがあり、あと3年はかかるとか・・・・。まさに10年がたつ様相です。

21日には県災害対策支援センター(自治労連や農民連、民医連などの団体が連携している)が主催して、多賀城市内の復興住宅(約400戸)で支援イベントがあり、健康相談のところに参加。血圧を測りながら話を聞きました。

「誰とも話さないで過ごす日があるのが寂しいから、エレベーターの前に椅子を置いて座って声をかけている・・・」「夫婦は2人ともがんで、再発の不安を抱えている。どこか相談したり、話せる場所はないか・・・。」とか切実な声を聞きました。

岡山から来た・・・と話すと話が弾みました。

南三陸町へ行ってびっくり!

10メートルのかさ上げをされた町は全く別のまちでした。鉄骨が残る防災センターの屋上近くまでかさ上げされた上に➂さん商店街が移転建築されていました。スーパーが建設中でしたが、周囲に住宅は一軒もありません。役場と病院は山のほうにあります。この町は生き残りをかけて変貌しようとしている・・・と思えました。うまくいくようにと願わずにはいられませんが、困難が予想されました。

22日は日の出を見る(4:17)ことができ、JRの寸断されたところに「バスが走る」BRTを利用して、乗り継ぎをし、仙台発11:44の新幹線に乗り、フェーン現象で30度になった東北の暑い5月の旅を終えて帰ってきました。

忘れないぞ東北!という思いを強くしましたが、訪問は元気でなくてはできません。元気で長生きしながら、東北をこれからも注目していきたいと思います。

今年のお盆は震災から6年半たち、どこの家庭でも7回忌の法要が営まれます。そのことを忘れず祈りたいと思います。

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