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こ ん に ち は、 崎本とし子 です

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母の看取り

2019年2月12日 崎本 とし子 とし子からの手紙

9日、22時36分に母が旅立ちました。

1月25日に緊急入院してから愛媛と岡山を3往復。いろんな用事の段取りをして、最後は7日に愛媛に行き、その後は病院で昼夜ずっと付き添いました。少し持ち直した様子を見て主治医は「(娘さんが来られて)安心されたんでしょうね」と。

自分の部屋でいるような感じで過ごしてほしい・・・と、テレビの音が聞こえ、見ていた写真もベッドサイドに置き、家族が話す話し声が聞こえるようにガヤガヤと話していました。

亡くなる日の朝の回診で、主治医が「大丈夫ですか」と尋ねると、

「大丈夫です」と答える母でした。

それを聞いて「お母さんらしいね。主治医や看護師さんには頑張って見せるね・・・」と家族で話していました。2時間前まで話ができました。

私は「今日は〇〇さんの誕生日だよ。世話になったね。ケーキ食べてお祝いしてきたよ。」と話したり、「お母さん、子どたちが本当にお世話になりました。ありがとうね。」と声をかけたりしました。

私は感謝の言葉を繰り返し伝えました。

22時36分、その時が来ました。子ども3人が付き添う中で、母は息を引き取りました。

主治医に感謝の気持ちを伝えると、「家族もよく頑張られましたね」と。子ども3人が協力して看取れたことが一番の親孝行だったと思います。

88歳まで生きたら、子、孫、ひ孫に囲まれて、にぎやかな葬儀ができるんだと改めておしえられました。母もにぎやかな葬儀をきっと喜んでくれただろう・・・と思います。

大切にされている・・と感じることができる看取りを目指しましたが、それはできたと思います。

私は、母を看取るまでは私は死ねない・・・と思っていたので、なんだか肩の荷が下りた気持ちです。今日岡山に帰ってきました。体は疲れているけれど、快晴の青空ですがすがしい気持ちになりました。

これからも自分らしく生き抜いて、母のように88歳を目指します。

お母さん、ゆっくり休んでね。そして、私たちを見守っていてください。

* 水仙の花咲き誇る伊予の路(みち) 九十歳(享年九十)の人生終えし