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こ ん に ち は、 崎本とし子 です

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さすが共産党!!・・・国会論戦で原発再稼動見直しへ!

2011年7月7日 崎本 とし子 とし子からの手紙

 

10日にも玄海原発再開か・・と危惧されていたが,政府は一転「全原発の安全点検をする。再稼動にあたっては新しいルールで・・・」と方針を変更した。いや、せざるを得なくなった。

昨日の笠井衆議院議員の予算委員会での質問はすばらしかった。

九州電力関係の人が、やらせメールで「再開を指示する」意見を下請け会社の社員に出すよう指示していた事実を暴露し、首相と経済産業大臣に見解をもとめたのだ。

答弁は、「あってはならないことだ!」その後、19時に九電の社長が記者会見し、事実を認めた。その記者会見を見たが、とても危機管理ができる人とは思えない様子だった。

再稼動を関係自治体に要請していた大臣が方針を変更するのは当然だが、共産党の質問がなかったら・・・、共産党議員がいなかったら・・・と思うとぞっとする出来事だ。

さすが共産党!と拍手を贈りたい!

今日、玄海町の町長は再開同意を撤回した。

先に「再開ありき」の対応はやめて、腹をすえて原発問題に取り組んで欲しい!菅総理がどうのこうのではない。原発事故をこれからどう収束させ、今後原発政策をどうするのか・・・の真剣な議論をしてほしい。

ここに来て、国民の多くは「原発は安全」だとは思っていない。故郷をうばわれ、命を落とすことはだれものぞんでいないのだから・・・。

今日の昼食を食べた店で、テレビを見ながら、私は「さすが共産党!」と大きな声で叫んだ。気持ちよかった・・・!


2万人を超す人が集まった「原発ゼロを求める緊急行動」・・・山陽新聞には何も載らず!?

2011年7月4日 崎本 とし子 とし子からの手紙

2日に明治公園で行われた「原発ゼロ」を求める集会は、参加者が2万人を越えた。

赤旗新聞の3日付け日刊紙は一面でその写真を掲載・・。すごい人・人・人だ。

こんな大規模な集会は日本では珍しい。でも、NHKなどテレビも岡山市では一番購読されている地方紙の山陽新聞も報道しなかった。なぜだろう?知らないはずはないのに、電力会社から圧力でもかかったのだろうか。

マスコミは知らせるべきだ。国民行う運動の事実を広く報道すべきではないのか。国民がつながることを恐れ、あちこちの運動がつながることを恐れるのではなく、つなげていくことこそ役割ではないのか・・・。「原発ゼロ」の声は小さくならない・・と私は思う。国民はバカではないのだから・・・。

マスコミが伝えないなら私たちが口コミで伝えよう。2万人の集会のことを!


みなさん!ありがとうございます。「ぎょうざDE東北支援」の呼びかけにチャリティーセット65セット以上の注文が!

2011年7月3日 崎本 とし子 とし子からの手紙

「ぎょうざDE東北支援」の呼びかけをさせていただいています。塩釜市の蜂屋食品と連携しての「炊き出し支援」プロジェクトです。

7月2日現在で65セットを超え、「60セットで一回炊き出し」をクリアーしました。

蜂屋食品はこれに応えて、6月25日は女川町へ、7月1日には多賀城市の避難所に炊き出しをしてくださいました。

FAXで、「こうした支援ができるのもみなさんのおかげです。ありがとうございます。」とのメッセージが届きました。

「ぎょうざ」でつながる東北との絆です。これからも続けていきますので、よろしくお願いします。


がんケアサロン「たんぽぽカフェ」・・・7月は27日(水)午後2時から(福祉交流プラザ旭東にて)

2011年7月3日 崎本 とし子 とし子からの手紙

月に一度、がんケアサロン「たんぽぽカフェ」を開いている。まだまだ多くの人にお知らせしていないが、3~4人で情報交換や交流をしている。

地域でのがんケアサロンの取り組みは島根県が盛んである。今度「がんサロン支援塾」があり、わたしが参加することにしている。

少しでも患者や家族の負担を減らせるといいな・・・と思う。重たい荷物をちょっと降ろしてほっとする「がんケアサロン」を作りたい。

岡山県ではまだはじまったばかりの患者会の取り組みである。しかし、私の名刺に書いた「がんケアサロン・たんぽぽカフェ」に関心を持つ人がとても多いことに気づいている。

よければ気軽にお立ち寄りください。今、場所や開催日を定期化するために準備中です。


「みんなの家 ななくさ」開設5周年を祝う会

2011年7月3日 崎本 とし子 とし子からの手紙

岡山市で最初の小規模多機能型居宅介護事業所である「ななくさ」が5周年を向かえ、祝う会があった。開設の頃からのご縁でご案内があり、出席させていただいた。会はいつものようにリハビリ体操と「ななくさのテーマ」を歌ってはじまった。

NPO法人が運営している。高齢者の命と人生を支えることを理念とし、本当に地域に根をはり活動を続けてきた。そのやさしく真摯な取り組みが利用者から深い信頼を得ているようで、関係者の努力には敬意を表したい。

事業所のオリジナルナテーマ曲がある事業所を私は他に知らない。その歌詞にあるように、高齢者に寄り添うケアをこれからも一つ一つつみ重ねていくのだと思う。

地域密着のこんな事業所が旭東学区にも欲しい・・・と私は思っている。


「ひろがる つながる 学校図書館」のつどい

2011年7月2日 崎本 とし子 とし子からの手紙

市職員労働組合が「学校図書館白書3」を発行しました。「白書2」から20年ぶりです。

今日は、その完成記念講演会がありました。児童文学作家の八束澄子さんが「こどもと本と学校図書館」と題して、講演。

妹尾中学校の司書である古市先生が、ブックトークを実演され、日ごろの取り組みが紹介されました。

こども読書環境推進計画では、「人、本、場所」の必要性を明記しています。本をこどもたちに手渡す司書の役割や必要な環境の整備を「可視化」した「白書3」は、これからの活動の方向も示しています。

これからもがんばろう!学校図書館!

立石憲利さんとも久しぶりにお会いできました。私も地域文庫(アップル文庫)の活動を地道に楽しく続けていきたいと思います。


原発推進か再生可能エネルギーへの転換か・・・綱引きです

2011年7月2日 崎本 とし子 とし子からの手紙

原発事故がまだ収束していない状況のもとで、まだ政府は原発推進をやめようとしていません。

共産党の吉井英勝衆議院議員は、早くから原発事故の危険性を指摘してきた議員です。

日本政府や東電の秘密主義の背景には、「原発利益共同体」がある・・・と指摘しています。電力会社はもちろん、原子炉メーカー、製鉄会社、ゼネコンなど、原発で利益を受ける人たちがいます。その利権に官僚や国会議員もかかわっています。工事期間は10年もかかるので、資金調達を大銀行が請け負う・・・・、自治体は国が出す原発立地交付金で「箱物」をつくる・・・といった具合です。

原発など大規模事業を国や自治体が無理やり推進するとき、「安全神話」やまことしやかな理屈が振りまかれるのです。

「計画停電」で国民脅しをしながら、原発の再稼動が強行されようとしていますが、六本木ヒルズなどは自家発電装置を稼動したり、大企業と交わしている需給調整契約に基づき、電力の供給制限に応じてもらうならば、「計画停電」は必要ない・・・という話もあります。

スポンサーの力を活用して、報道は「世論誘導」をする可能性があります。要注意ですね!

一方で、再生可能エネルギーの普及を求める声は大きくなってきました。

今日は東京で「7,2原発ゼロ緊急行動」が取り組まれました。

この時期、原発推進勢力と再生可能エネルギーを求める勢力との綱引きです。

あなたはどちらの綱を持ちますか・・。私は迷いなく、原発をやめ、再生可能エネルギーへの転換を求める綱をしっかり握りたい・・・!!。孫の命のこと、故郷のことを考えると声を上げていきたい・・・と思うのです。


涼しい場所を・・

2011年7月1日 崎本 とし子 とし子からの手紙

今年も半分が過ぎました。暑い夏がやってきそうです。

我が家では、「風の道」を見つけ、そこで少しでも涼しくエアコンを使わずにすごそうと努力中です。

模様替えをして場所をつくり、温度計を設置しました。それは、2階の廊下です。生活は知恵を使わなくてはなりません。

たくさんのことを寝る間を惜しんでやってきた長い月日を振り返ると、どれほど生活の中にモノの無駄が多かったか・・・と感じます。

これからはできるだけシンプルに生きたい・・・と思っています。


「がん患者 鳥越俊太郎」

2011年7月1日 崎本 とし子 とし子からの手紙

 

昨日、「がん患者 鳥越俊太郎」というテレビ番組がありました。がん患者となって、なおポジティブに生きるその生き方に共感しました。徹底して現場にこだわるジャーナリストとしての生き方は闘病にも反映しています。

「がんになったとき、これでがん患者をじっくり知ることができる・・・と思った」というのです。すごい客観視です。

「がんにならなかったら、ボヤーっとした70代になっていた。・・・」という鳥越さんは、週3回筋トレに通いポジティブに闘病し、「がんと一緒に働くことができずらい世の中」の問題点にも迫ります。

がん患者は、時間を意識せざるをえませんが、「人は必ず死ぬんだから、それまでどう生きるかだ・・」と思っています。

時間を愛おしく思い、大事に生きたい・・・と。

死ぬ不安を抱えながらも、死ぬまでどう自分らしく生きるか・・・。鳥越さんは身をもってそれを示し、がん患者を励ましてくれています。誰もが「自分らしく」いきれる環境を作りたい・・・と私は思います。

厚労省が「がん患者と家族によるがん対策の評価」(アンケート結果)を公表しています。

国の対策協議会では、患者代表が「患者や家族の流す涙を一つでも減らしたい・・」とがんばっています。私もできる形で少しでも役に立てたら・・・と思います。


岡山市「平和の日」条例を産み出した議員の一人として・・・

2011年6月29日 崎本 とし子 とし子からの手紙

岡山市平和の日です。岡山空襲で約2000名の人が亡くなりました。岡山市の中心部は焼失し、焼け野原になりました。

市民会館では毎年慰霊祭が行われています。

「平和の日」(1999年・平成元年に条例制定)を産み出した議員の一人として欠かさず参加してきましたが、今年からは三勲・旭東九条の会の地域での取り組みに参加。

7時30分から東山電停で、「今日は岡山市の平和の日です。岡山市は66年前空襲で焼け野原になりました。平和都市宣言(昭和60年6月25日制定)をあらためて読んでください」と呼びかけながらビラを配り、パネル展示をしました。

小中学生、高校生が興味深そうに受け取ってくれました。

「おばあちゃんたちが赤ちゃんの頃の岡山市だよ・・・」と話すと、「66年前はおばあちゃんが生まれた年だ・・・」とつぶやく2年生の子がいました。

「避難所はどこですか」と聞く子もいて、大震災と重ねているようでした。

「戦争は二度としてはいけない。今日は家族でこれを読んでください」とビラを渡すと、受け取ってくれました。

9時9分からは、会の呼びかけに応じて書く寺院での「平和の鐘」の取り組みです。私は国清寺で戦災遺跡でもある鐘楼で鐘を鳴らしました。犠牲者のご冥福を祈り、平和への思いを新たにしました。鐘は、金属供出で出すことになっていたのですが、終戦になり残ったものです。鐘楼は1665年建立で戦火を免れたという「物言わぬ証言者です。

午後は「平和の日電車」が走ります。夜には若者たちが中心で取り組む「ピースキャンドル」が禁酒会館であります。

沖縄での取り組みのように、こどもたちに岡山空襲のことを語り継ぎ、「平和都市宣言」を市民に広く浸透させたい・・・。共産党市議団は「非核平和都市宣言」にバージョンアップさせようと提案しています。これからも地道な活動に取り組みたいと思います。


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