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こ ん に ち は、 崎本とし子 です

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山家悠紀夫さんの講演を聴く

2011年10月15日 崎本 とし子 とし子からの手紙

県社会保障協議会の総会があり、記念講演は山家悠紀夫さん(元神戸大学教授)の「税と

社会保障の一体改革」は何をもたらすか・・と題した講演を聴きました。

「日本の社旗保障制度は貧弱。まず、社会保障のあり方から議論すべき。誰もが安心して暮らせる社会にするには、あと35兆円(西欧並み)必要。財源をどうするか・・・いくらの資金が必要か、震災復興財源は一時的な調達が可能。恒久的な資金調達は、軍事費など無駄な支出を減らす(5兆円)、あわせて景気をよくして税増収(10兆円)不公平税制の是正(大企業、高額所得者、富裕層への増税)出10兆円、あとは所得税増税で・・・40兆円確保できる。

所得1億円までは税率があがるが、その上になると税率が下がる。(本当に驚きです)

消費税増税は行うべきでない。

日本の経済・社会は50兆円の負担増に耐えられる。国民負担率を39%から53%に増やしても社会保障が拡充すれば貯蓄しなくて済む社会システムになる・・・・・。」

多くの経済学者が消費税増税を口にする中で、先生の視点は新鮮です。スウェーデンにいったとき、まさに貯金のいらない社会システムをつぶさに見てきたので、納得しながら話を聞きました。

財源確保の道は、消費税増税ではない方法をみつけることが必要です。


敬老会

2011年10月15日 崎本 とし子 とし子からの手紙

旭東学区の敬老会がありました。ご案内があり、参加しました。

100歳の尾崎さんも元気に参加されており、お会いすることができました。学区でお世話になった大先輩方です。「元気で長生き」は旭東の自慢です。

これからもどうぞお元気で!

ご長寿を心からお祝い申し上げます。


片山和良さんの写真展

2011年10月15日 崎本 とし子 とし子からの手紙

岡山の戦災を語り継ぐ活動を続けている片山和良さんが写真の個展を開催中です。

案内をいただいたので、14日に写真展に行きました。

ドイツのユダヤ人虐殺の爪あとを歴史の事実としてきちんと残している様々な場所の写真です。ドイツに娘さんが住んでおられるので、これまで3回訪問して、アウシュビッツの写真を撮ってこられました。

写真の視点が鋭くて、さすが・・・と思いました。ここに確かに人が生きていて、その暮らしと命が奪われたのだ・・・と伝える写真ばかりです。

権威ある写真展の入賞作品もあります。なるほど・・・と思います。

岡山市にも石山公園に岡山空襲でなくなった人の平和の礎を作りたい!そして、デジタルミュージアムの「へいわかん」と線でつなぎ、野田屋町公園の福田英子顕彰碑なども多くの人に知ってもらって、桃太郎どうりを「桃太郎平和大通り」と呼んではどうだろう・・・。

岡山でも戦争や戦災遺跡の保存を意識的に行い、後世に歴史の事実を伝え、二度と過ちを繰り返さないようにしなくてはならない・・・と思うのです。


あっぱれな人生

2011年10月14日 崎本 とし子 とし子からの手紙

11日、Aさんが亡くなりました。20歳のときに共産党員となり、77歳まで共産党員として誇りをもっていきぬかれたAさんでした。

「お別れの会」で妹さんがAさんの人生を語られました。

小学校5年生で終戦。価値観が180度変わる体験をして、世の中は「変わる」がゆえに、何が大切なのか・・・を自分の頭で考え、判断しなければならない・・・と刻んだ世代です。

Aさんは、3姉妹の長女で、家を継ぐことを期待されることに反発しました。女性も自由に生きられる世の中を作りたい・・・!と心底思っておられたようです。女も学問が必要・・・とのお母様の理解のもとで、故郷を離れて大学に進学。その時共産党との出会いがあったようです。その原点は「自由で平和な世の中をつくりたい・・!」です。

岡山には65歳のときにこられました。子育てが終わればこどものためにではなく、夫のためにでもなく、自分のために生きたい・・・!と考え、故郷を出て「新天地」での生活を・・と考えられたようです。生涯働く・・・という信念で、ヘルパーや新聞の集金業務をして入院するまで働いておられました。長生きは80まででいい・・・といわれていたそうで、家族に癌が多いことを踏まえて「がんで死ぬのもいい・・」旨のことを言っておられたとか・・・。

私ががんで手術をすることになり、議員を引退することにしたときはとても心配してくださいました。なのに私よりずっと早く逝ってしまわれました。でも、77歳という年は、80歳には少し早いけれどAAさんにとっては「想定内」だったのかもしれません。本当に「スジを曲げない」信念の人でした。

3人のこどもさんは、交代で見守りをされました。生前行き違いもあってぶつかり合った・・という娘さんが看護休暇をとり付き添われました。その時間がどれほど貴重だっただろうか・・・と思われました。いい家族です。Aさんも家族も本当によくがんばられましたね・・・。

緩和ケア病棟で眠るように逝かれて、家族は「やるだけのことをやりました」と話されました。

女性は精神的にも経済的にも自立しなければならない・・・と女性解放と社会進歩のために生きた福田英子は、岡山の先駆者です。その精神を受け継いで生き抜いたAさん。今度は私たちが受け継がなくてはなりません。

Aさん本当にありがとうございました。ご冥福をこころからお祈りします。


花への思いやり

2011年10月14日 崎本 とし子 とし子からの手紙

今年も菊の花が目を楽しませてくれています。

夫が丹誠こめた花です。この菊たちは雨の日にはちゃんと「雨ガッパ」を着せてもらいます。雨にうたれて花が散るのを防ぐためです。この思いやりの心に見ていて心が和みます。


体重3600グラムになりました!

2011年10月12日 崎本 とし子 とし子からの手紙

9月に誕生した孫は、2304グラムで生まれた小さな男の子。

生まれて1ヶ月で体重はなんと3600グラムに増えました。毎日ドンドン大きくなります。母乳でこんなに大きくなったのです。

すごい細胞分裂だ!!と思います。人は成長する力を体内に組み込んでいます。これから表情がでてきて、いっそうかわいくなります!本当に楽しみです。


福島に思いを寄せて・・・

2011年10月12日 崎本 とし子 とし子からの手紙

12日に、福島から岡山に避難してきた杉岡洋子さんの話を聞きました。

杉岡さんは、地震被害はおちゃわんが2つ壊れただけ・・・という中で、目に見えない放射能の汚染による子どもたちへの影響を懸念して、小原町(34キロ)から静岡経由で岡山に避難しました。

私は懸命な判断だったと思います。しかし、葛藤は強くあり、今でも我が家があり、近所のひとにも挨拶さえできずに避難していることや福島のこどもたちのことを考えると胸が痛むようです。その「痛さ」が感じられました。原発事故は「暮らし」を奪ったのだ・・・と実感しました。

原発事故が起きている事実に向き合うことの深刻さを痛感させられます。

原発はこの国からなくさなければなりません。

今日は看護学校の特別講義に日で、原発事故を考える授業をしました。事実を知り、考え、議論することが大切・・・と思います。

これからも福島に寄り添って生きたい・・と思います。10月30日は福島で「なくせ原発・10,30大集会」が予定されています。注目しています。

また、人権21の10月号は、原発特集です。中手日子さんの手記が掲載されていますので、ぜひお読みください。


健やかに育て!・・・協立保育園のちびっこまつり

2011年10月9日 崎本 とし子 とし子からの手紙

今日協立保育園のちびっこまつりでした。保護者が作った応援旗です。

絵も張ってありました。のびのびしています。0歳から6歳までのこどもたちが、それぞれの発達年齢におおじて、演技を披露します。

3愛と5歳の孫たちも、朝早くから起きて、張り切っていました。小さい子を懸命に応援する

姿がほほえましいです。みんなで大きくなーれ!音楽のない声援の運動会は、落ち着きます。写真も保護者は撮らず、個度たちの姿に集中するやり方もいいな・・・と思います。暖かい気持ちになるいい運動会でした。

外で思い切り遊べない福島のこどもたちのことが思い出されて、少し胸が痛かったです。


「チェルノブイリハート」と「ヒバクシャ~世界の終わりに」を観て

2011年10月9日 崎本 とし子 とし子からの手紙

この間、映画を2本観ました。

シネマクレールで「チェルノブイリハート」を、三丁目劇場で「ヒバクシャ~世界の終わりに」を観ました。

チェルノブイリ原発事故から25年経ちました。広島型原発の90倍の放射能が出たという最悪の事故から20年目に原発事故後はじめて故郷に戻った青年は、廃墟となったアパートへ向かいます。爆心から3キロの強制退去地域は、時間が止まったままです。「近親者の10人ががんで死んだ。放射能と無関係といわれることを俺が信じると思う?俺もそうやって死ぬんだ。とんだ犬死だろ」とつぶやいた彼もその一年後に27歳の若さでなくなるのです。

原発の被害の深刻さから目をそらすわけにはいきません。今も「原発は安全」だという推進をしようとする人々は、この現実をどう説明するのでしょうか。

「ヒバクシャ~世界の終わりに」は、日本のヒバクシャとイラクの劣化ウラン弾のヒバクシャ、そして、アメリカの原発近くの人々の被爆被害者の闘いを描いています。いずれも低線量被爆の被害の深刻さです。とりわけこどもたちが大きな影響を受けています。

イラクでは、2000トンの劣化ウラン弾が落とされ、内部被爆の影響と思われる甲状腺がん、奇形、白血病などで多くのこどもたちが今も苦しんでいます。治療もまともに受けられません。

低線量被爆は、その症状が10年から15年も経過して出るので、因果関係が証明しにくいのです。原爆のヒバクシャが66年経った今なお「認定訴訟」を戦っているのも同じ理由です。

今、福島原発事故を経験している私たちは、世界のヒバクシャの苦しみを知り、連帯していきたいと思いました。とりわけ日本の政府の姿勢は重要です。

「原発は済世エネルギーに転換します」と表明する政府をつくりたい。人の命と共存できない原発は、地球上にあってはならないものなのだ・・・とあらためて強く感じる2作品でした。


福祉交流プラザ旭東のまつり

2011年10月7日 崎本 とし子 とし子からの手紙

きょう、明日は「プラザまつり」です。

今日は、展示が主ですが、明日は講座生の発表あり、うどんなどの屋台もありでにぎわいます。

今年は、「がんサロン・たんぽぽカフェ」のコーナーは持ちませんでしたが、来年はきっと「がんを知るパネル展」のコーナーを持ちたい・・・と思いました。

明日ぜひ足をお運びください。


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