31年前の阪神淡路大震災の日に、能登支援報告会をしました。
2026年1月18日 崎本 とし子 とし子からの手紙
17日は阪神淡路大震災の日でした。31年がたちます。私は看護師として災害支援に初めて参加しました。1週間滞在し、その後も5年間訪問を断続的に続けました。あの時の光景や体験は鮮明に覚えています。避難所の小学校の光景は今もほとんど変わりません。それが災害対応の政治の責任を果たしていない証拠です。
関連死を言う言葉を知ったのも阪神淡路大震災です。私は「関連死」は政治の責任だと考えています。
能登支援報告は須増県議がしてくれました。真備町で水害を経験した人です。岡山から4度能登へ支援に行ってくれました。
能登は関連死413人(12/31)で、直接死286人を大きく上回っています。何を示しているでしょうか。不十分な仮設住宅、公営復興住宅は3000個が予定されているだけです。住宅再建は見通しが立たない人々が大勢います。生きる希望が見いだせず、関連死が増えるのは当然です。
「故郷に住み続けたい」という普通の幸せを災害を理由にかなえられないのは政治の責任です。今年春には石川県知事選挙がある予定です。今は維新の会の馳知事です。国は予算を付けているのに医療費補助すら昨年6月で打ち切った県知事を変えることはできないものでしょうか。命は何より大切だと考える知事の誕生を願っています。
住民の声をしっかり聴いて、それを政策にして行政に届ける議員が必要です。私の知る限り、日本共産党の議員が一番信頼できます。
今日は倉敷へきている輪島朝市の海鮮物業者古倉さんとお会いする予定です。行ってきま~す。




